▲宴会も大いに盛り上がった
参加者は多彩で、ある方はカラオケ大会日本一、ある方はサッカーJリーグの監督のお母さん。また、ある方は西郷隆盛の研究家、等々。皆さん、和気あいあい。中には、20年続けて来て下さっている方も、かなりおられる。こうなると、選挙なんかそっちのけ、個人の楽しみになっているようだ。
31回ともなると、いろいろなことがあった。大雪のため香住まで行けず、加古川で風呂に入って帰ったことや、バスに違うグループの人が乗っていたが、走ってから気付いたこと。その反対のこともあった。スキー客のために帰宅が深夜になることも、良くあった。高速道路のお陰で、予定通り帰宅できるようになったのも、時の流れ。そんな中、一番ひどい思い出は、高速道路のサービスエリアに私を置いて、3台のバスが出発してしまったことだ。その時は、幸いにも知人が偶然居合わせ、その知人の車で追いついた。
いろいろなことがあったけれど、おかげ様で、多少のお叱りはあったものの、これまで事故もなく、皆さん楽しんで下さっている。カニスキ旅行に参加して下さる方々が、幸せな家庭を築き、暮らしておられるのは、実に嬉しいこと。私が議員をしている間は…いや、それ以後も続くかも知れない。
▲余興のカラオケ
後で社長さんにうかがうと、「実に良く働く青年で、責任感もあり、日曜祝日関係なしに働いてくれる。彼の父親がある道楽をして、20歳の息子に借金を背負わせた。それで、東京から来たのを雇っている」と言う。また「彼のために、中古マンションでも買わせてあげて、世帯を持たそうと、強制的に貯金をさせている」とも。社長も彼もお互いに、信頼しあって頑張っている。いわゆる、日本的雇用である。
社長さんは、かつて集団就職で神戸に来られた。自分が苦労して、はじめて他人の苦労が分かる。そう言えば、震災の時、人命救助を必死で続けてくれたのは、茶髪の青年だった。私はその青年からまた、人は服装や地位で判断してはならないことを思い起こさせられたのだった。