
苦労人で、優しく頑固な、良い市長でおられた。祝賀会では、祝辞を述べた。井戸知事も生田神社の加藤宮司も、私と同じことを仰られた。
ご本人は、市長選挙に出る苦労話しをされた。「妻は絶対反対だったが、やむを得なかった」と。私もその場面を覚えているが、やるとなったらやると自分に言い聞かせておられた…そんな場面だった。大地震からの復興と財政の再建という、大仕事をして下さった。
氏のさらに立派なところは、久元市長へバトンタッチする際、財政を安定させていたことだ。久元市長もそれを良く理解されていて、今も矢田さんを「市長」と呼んでいる。私も最後までいたが、久元市長は、この祝賀会でも最後までおられ、久元市長の矢田市長に対する敬愛の念が、良く分かったのだった。
