震災時、私は松村会長とは… 面識すらなかったが、政策スタッフの一人が「神戸市民と解体業者の人々が平常の10倍のアスベストを吸っているから、要注意」と指摘したデータを見て、ビックリ仰天。それまで"アスベスト"という言葉の認識は浅く、中脾腫という肺がんになるとは思っていなかったのだ。現に、神戸市も震災発生時点では、空気中のアスベスト濃度を測っていないというお粗末さだった。そのため、被災時の数字は、東京都が測定していた数字を引用しているのだから、東京都民の10倍のアスベストを吸っていたというのが正確である。
その後、神戸市も平成7年2月に2ヶ所での観測を開始した。8月に全区で観測を開始したら、やはり高レベルのアスベストであった。解体が一応収まった平成20年度の測定結果は、最大で0.11本/Lから最小で0.06本/L未満となり、安全圏内に入った。
しかし、あの時点で市民は約半年間、通常より高レベルのアスベストを吸っていた事になる。私は神戸市会の委員会で、市民の健康診断を要求するとともに、行政の危機管理不足を追求し、その後「市民は時限爆弾を持っている。ある日突然神戸市民から大量の中脾腫患者が出るかもしれない」と言い続けてきた。やがて、尼崎のクボタの工場付近で250人の中脾腫患者が出ていた事も明らかになり、労災認定されたのは、記憶に新しいショッキングな事件だった。
私はずっと、アスベスト問題を神戸議会で取り上げてきた。そんな私を松村会長がご評価下さり、今回パネルディスカッションのパネラーとして出席要請を受けた。永年勉強してきた甲斐があったというものだ。
▲吉田議長がお礼がてらの挨拶
「神戸市で大会を開催して下さってありがとうございます。市民の健康を守るために、神戸の地で、専門家の皆様が市民の皆様を相手に相談コーナーを設ける等、御苦労下さりありがとうございます。また、神戸新聞社提供の震災時の写真パネルを見て、当時は仕方なかったこともありますが、心が詰まる思いです」と挨拶。本当にそうだった。当時は知識も少なく仕方なかったが、これからどうするかを考えなければならない。
神戸新聞社論説委員兼編集委員の加藤正文氏が、「阪神・淡路大震災とアスベスト問題」という議題で、基調講演。
「神戸市民は、静かな時限爆弾のうえにある。アスベストの危険性は40年前にWHOが警告して、アメリカ・ヨーロッパは使用を大幅に減らしたにもかかわらず、日本は使い続けた。そのために国民は危険な状況にあって、震災までどころか、つい10年前に、やっと大幅な規制をするようになった。これは経済成長と深い関係がある。その証拠に、今成長著しい中国・インドは、大量に使用し続けている。と語られた。実に良い講演で、私は感動した。
日本の反省は、アスベスト問題が省庁間の縦割り行政の狭間にあって、この問題を主体的にどの省庁で真剣に取り合うのか明確にしてこなかったという問題にある。神戸においては、神戸港が大量のアスベストを輸入し、神戸の大会社が売り続け、クボタがあり、大震災もあった。神戸が日本におけるアスベストの発信源として、研究調査せねばならない」
この続きは明日以降。