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    <title>彦録゛─ 安井俊彦BLOG</title>
    <link>http://www.yasui.net/hikolog/</link>
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      <title>彦録゛─ 安井俊彦BLOG</title>
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    <item>
 <title><![CDATA[地場産業を育てる<span class="sml">—委員会合間のカンボジアからの来客</span>]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=321</link>
<description><![CDATA[本日、産業振興局の審議に入った。当局は、神戸市の景気対策と雇用確保の大切な局である。特に2万人の雇用創出に向けて、頑張っている。今年は、3500人の雇用の場を創出すると胸を張る。内容は…知の集積で600人、ものづくりで500人、商業・集客の分野で1200人、健康福祉・教育の分野で1200人、予算は1億435万3千円。議会も応援する。<br />
<br />
その中で、ある民主党の女性議員が、「先般、宇和島に視察に行った際、宇和島の市職員がパールを身につけ、町を上げて地場産業を押し上げようとしている。神戸市もいろいろ頑張ったらどうか」と質問した。いい質問だと思った。答えは「興味深いお話で、勉強したい。私達も、神戸のブランドを引き上げている産業の活性化を図っていく。そのためには、民間人の経験者が頑張って欲しい。その一つが、神戸ファッションの神戸コレクションである」と言って、クドクドと経過を語った。「その民間人を応援していく」と答えた。<br />
<br />
確か民主党の女性議員は、「市職員が自ら、世間に地場産業を育てる覚悟と工夫をしているが神戸市はどうか」と聞いていたのだが、当局はいつも言葉は滑らかであるが、答えがない。例えば、せめて「私達はお土産に地元の酒を勧めている。議員も酒を飲むなら、地元にして下さい」と言って欲しかった。<br />
<br />
<div style="text-align: center">◆◆◆◆</div><br />
<div class="leftbox"><br/>再会を喜んだ</div>委員会の昼休憩の間、カンボジアから首席通訳のソティーさんが、議会を訪れてくれた。地元長田ライオンズの招待で、同ライオンズの藤尾氏が連れてきて下さった。実は、3週間前に神戸甲南ライオンズのメンバーであるライオン志水、ライオン奥村御夫妻とともに総勢13名で、カンボジアのシェムリアップにある、神戸夢小学校を訪問した。この小学校は、神戸甲南ライオンズが奉仕を続けているお陰で成長し続け、今やカンボジアのモデル校として学生も教職員も、入学・就職希望者が多く、学生数も700人を超え、今回は幼稚園も創設された。<br />
<br />
思えば、ライオン萩尾と私で土地を探し廻り、アンコールワットの近所に建設した。もちろん神戸甲南ライオンズが中心に、多くの方々の善意でできた。今日は前回訪問した仲間が集まって、再会を喜んだ。その訪問の際、校長先生からある生徒が紹介され、「両親が死んで学校に住みつき、校長が育てている。中学校に進学するのに、12km歩いて行っている。自転車を買って欲しい」と言われ、ライオン奥村御夫妻と一緒に行った立石御夫妻がすぐに奉仕して下さり、3台を買って下さった。<br />
<br />
校長が、その自転車の写真と3台の自転車を誰に渡すか、学生達で会議をさせて決定したという。私が喜んだのは、カンボジアで民主主義が進んできている。わずか30年前は、ポルポト政権下で250万人が虐殺され、教育を奪われた国に大切な教育が始まっている。しかもそれが、神戸夢小学校で嬉しかった。参考だが、神戸夢小学校のために神戸甲南ライオンズの二人から、図書館建設の資金として、また運用費を頂いている。カンボジアの血となっている。]]></description>
 <category>市会報告</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=321</comments>
 <pubDate>Tue, 09 Mar 2010 19:00:00 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[神戸港と神戸空港の課題総ざらい <span class="sml"> — みなと総局審査</span>]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=320</link>
<description><![CDATA[<div class="rightbox"><br/>▲内容のある論議を展開した平野議員</div>みなと総局の審査で我が会派から、政策通として議員仲間で評価の高い平野章三議員(垂水区選出)が、主に神戸空港を中心に論議を振るった今日。周りの議員も聞き入っていたし、記者団も身を乗り出していた。ある議員は「よく言った」と言ったが、ある議員は「空港を売ってしまえ」とも。「調子に乗っている。どうかしてる」と言った人がいたのにはビックリ。私は…<br />
「彼は思慮深い人だから、すべて分かってやっている」と答えた。珍しく、テレビ(朝日放送)まで入った、その核心をついた質問には、当局も一言一言噛み締めながら、慎重に答弁していた。<br />
<br />
そんな我が会派の質疑に先立ち「神戸空港ストップの会」から、ベイシャトルの駐車場を無料にしていることの反対、ベイシャトル自体の反対を訴えた陳情と市当局の反論。『国際コンテナ戦略港湾』戦略についての質問には<blockquote>「東西に長い日本列島では、二つのハブ港が必要であり、西のコンテナハブ港として、阪神港を大阪と共に働きかけていきたい」</blockquote>と力説。さらに<blockquote>「また、日本航空が神戸空港から撤退した後、スカイマークが10便参入してくれるが、その採算の見通しはどうか」</blockquote>との質問には<blockquote>「スカイマークは徹底した倹約と工夫で乗客40〜50％で採算が合う戦略と聞いている。また、市としても、例えば鹿児島市とも話し合って、ともに協力してPRして行く予定で合意している」</blockquote>と自信を示していた。<br />
<br />
続いて、いよいよ我が会派の平野章三議員の質疑。<br />
<dl class="qa"><dt>[平野] 国際コンテナ戦略港湾の、ハードとソフトについて、どうなっているのか。ハードでは、例えば水深16mが条件のようだが、名古屋港は5〜6年先に完成するらしい。横浜港は既にできているが、神戸港はどうか。次にソフトの面では、経営が大切である。市長も以前に、数ある埠頭公社を合併して、一つにするとしていたが、神戸の埠頭公社も大阪の埠頭公社も赤字。これをどうクリアするのか。また、民間に移行すべきであると思う。さらに合弁を目指し、まず管理統合を促進するための管理会社を作って、進めていくことによりソフトの大部分が補われるが、どうか</dt><dd>[市当局] 水深16mは、名古屋港では当面できない。神戸港は今年度中に完成するので、条件的には横浜港と神戸港だけである。その点を訴えていきたい。大阪等の埠頭公社との一体化は進めていくが、ご指摘のように両市とも赤字であるので、何とか工夫をしていく。ポートオーソリティー等を組織して、一体化していく。ご提案の管理を専門にする会社は、必要であると思うが、今のところ法的に難しい面があるので、国と相談していきたい。</dd><dt>[平野] 空港について、三空港一元化とか、三空港一体運用とか言って、関西三空港懇談会で話し合っているが、大阪府の橋下知事に、神戸空港を失政とまで言われながら、その場でなぜ、矢田市長は不快な表情をしただけで、反論しなかったのか。反論しなかったので、大阪財界は神戸空港バッシングで走っている。このことが、いろいろな面に通じている。このことについてどう思っているのか。</dt><dd>[市当局] 橋下知事の発言については、我々も不快であった。市長はその場で、橋下知事以外はそのような空気でないと思ったのではないか。その問題は後ほど理事会で論議され、事務局を通じて理解を求めて、上手くいっていると思っている。</dd><dt>[平野] JALが神戸空港から全面撤退した。JALは、採算が合わない便は廃止すると言っていたが、私が調べたところ、必ずしも悪くない便もあった。神戸より悪い利用便は、全国で70％もある。しかし、その中で神戸より悪い多くの便が生き残っている。市当局は、JALとどのような戦略で臨んだのか。その結果、理解できない大阪財政のJALへの圧力があったのではないか。</dt><dd>[市当局] 市もJALの態度は理解できないし、納得いかない。我々もJALとの間で、空気が緊迫するほど激しく議論したが、あくまで経営上の判断としか説明しない。大変不満である。</dd><dt>[平野] 神戸空港の赤字論議がよく出てくるが、赤字の内容を分析しているのか。例えば、伊丹は36億円の黒字であるが、それには土地代も毎年の環境対策費も入っていない。これら国の有利な計算方法と、神戸のような地方の空港とでは、比べる基準が違う。神戸には市債返済の問題がある。この戦略も必要である。</dt><dd>[市当局] 赤字・黒字は、国がいくつかの計算方法を示しているが、この計算でも6つの空港しか黒字でない。ご指摘の通り、伊丹は43億の黒字であるが、これまた土地代や環境対策費が入っていない。神戸空港もその方式で計算すれば、黒字になることも考えられる。神戸のように、一般会計から組み入れもしない地方空港は、全国に二つしかない。</dd></dl>…これ以上詳しく書けないのが残念。あまりにも大切な良い指摘だったが、私も聞きながらの走り書きで、誤解もあるかも知れない。しかし、この委員会で平野議員は橋下知事に自ら抗議の電話をしたことを明らかにし、JALの件でもよく調べ、表に整理し、当局に示していた。今までの中で、最も内容のある論議だったと思う。]]></description>
 <category>市会報告</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=320</comments>
 <pubDate>Mon, 08 Mar 2010 18:30:00 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[生き続ける御影市場]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=319</link>
<description><![CDATA[私の地元の御影市場、つまり阪神御影駅の高架下の市場が誕生して90年になった。神戸市に市場は数々あれど…実際の対面販売市場として活動しているのは湊川と御影だけで、地元にとっては誇るべきこと。先月24日、その記念祝賀会へのお招きを頂戴したので、いそいそと出かけていった。<br />
<br />
午後五時、会場の弓場会館へ。槇野紘男会長に市長に出席いただく件で、私が伝え損ねていたのだが、本会議前で前回幹部職員を足止めしていた立場上市長の出席は叶わず、代わりに小柴善博副市長にお願いした。市長の地元で何かとお世話になっているだけに、出席が叶えば良いのにと思っていたのだが、事情が事情だけに、納得。<blockquote>「今まで市場が続いたのは地元のお陰。先代の努力と神の御加護あればこそ」とご挨拶を始めた私は「特に今年は御影クラッセを阪神御影駅のバリアフリー化案件の予算化があり、周辺整備も八割方出来上がる。残るは、駅南の自転車駐輪場の移転と長崎屋跡地問題だけ」</blockquote>と、進捗を強調した。<br />
<br />
さらに、<blockquote>「かつて流行の商業コンサルタントが市場の名を消して御影旨水館などと改名したのを批判して、両名を使うべきと主張した市場側が勝った。御影市場は、今回のクラッセ進出でも受け入れを表明。本来、反対してもおかしくない立場から受けて立たれ、その度量を示された。結果、市場に出店が増え、新らしい市場として新聞・雑誌で報じられている。これも、秀でた指導者のお陰である」</blockquote>と、その功績を讃えた。<br />
<br />
悲しむべくは、90年続いたお店がないことだが、それほど、商いは変遷の激しいものなのだろう。それでも、市場は続いている。それで良いのだ、と思う。<br />
<br />
御影で生まれ育たれたお二人の方に記念品を贈呈し、90円セールも実施。今月21日には50kgのお餅をついて、地域の皆さんにお配りする予定だそうだ。様々に工夫を凝らしながら、市場は生きて行くのだろう。私の死後も、ずっと。それが、組織というものである。]]></description>
 <category>神戸市東灘区</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=319</comments>
 <pubDate>Sun, 07 Mar 2010 14:01:22 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[火災予防特区を<span class="sml"> — 消防局審査</span>]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=316</link>
<description><![CDATA[本日、予算審議の第三分科会において、消防局審査の質疑に当たった。私はかつて、東灘区第4工区の株式会社三輪工場で、速水力氏（当時32歳）が殉職した。<a href="http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=40">火災当日</a>、私は中山秘書と現場に急行した。まさに速水力氏の殉職した現場にいたのだ。それだけに思い入れもあり、議員として彼の殉職を無駄にしないことを決意し、質疑に向かった。<br />
<br />
当局も事故調査委員会を結成し、あらゆる方向から検証・研究をし、立派な報告書を作成、その内容も高く評価している。そして当局もこの事故を踏まえて…「今回、<a href="http://www.city.kobe.lg.jp/information/data/regulations/rule/reiki/reiki_honbun/ak30211581.html">神戸市火災予防条例</a>の一部改正」として、議会に提案をしてきた。実によくやってくれたと思う。<br />
<br />
内容は、<br />
<ol><br />
<li>自主防火管理体制の強化<br />
火災予防に関して、必要な知識が得られるよう、その責任者に防火管理者講習を受講させ、努力規定を定めた（第7章防火管理等第50条の4に項目を追加）</li><br />
<li>表示マークの条例化への検討<br />
可燃性発砲樹脂を使用している防火対象物について、下記を取り扱う場合には、火災予防上必要な装置を講じると共に、出入り口付近に可燃性発砲樹脂が内装材として使用されていることが分かるよう標識を提示する（防火管理第50条の10に項目を追加）</li><br />
<li>現場での情報収集の方策<br />
企業は、災害活動時に消防隊にその情報を図る体制を作り、企業の社会的責任を明確にする（第8章市民生活の安全の確保第50条の13に項目を追加）</li><br />
</ol><br />
<div class="rightbox"><br/>▲消防局に特区をつくるよう迫った</div>以上が主なる改正の概要であるが、いずれも必要なことなので賛成はする。しかし、これが全市一律ではどうかと思う。例えば、東灘区や灘区の43号線以南のように工場が密集し人家が近い地域と、西区や北区の奥の人家が密集していない地域が同じ扱いでは…と思う。この点について、<blockquote>「市民の生命・財産を守る意味では、地域として重点地区を設ける必要があるのではないか」</blockquote>と質問した。局長は、<blockquote>「43号線以南のような危険な地区は、人員を多く配置し、予防や査察を重ねて、防火に務めたい」と答えたに過ぎなかった。「なぜ、重点地区として指定して、行政指導を強化しようとしないのか」</blockquote>とさらに追求した。<br />
<br />
また、<blockquote>「市の火災の最大の原因は放火であるが、市が議会に報告している放火の数と、県が発表している放火の数が全然違うのはなぜか。例えば、市は平成20年の放火の数は202件、県は県下で47件とある」</blockquote>と質した。この点について<blockquote>「県は、犯罪性の高いものを放火としている。市は、ゴミステーションの小さな放火も、車への放火、バイクへの放火も入っている。それらの取扱いで数が違っている」</blockquote>と答弁した。それくらいあらかじめ警察で調査し知っていたし、それらの小さな放火は警察では、器物破損で扱っているらしい。そこで、私はさらに<blockquote>「それならば、微罪と思われるゴミステーションの放火等の防止・予防は誰が積極的に行うのか。これらは、すぐに人命に関わる重大火災に繋がるのに、傾向と対策ができていない」</blockquote>と指摘した。<blockquote>「これでは、何年も同じ報告が続くことになる」</blockquote>と締めくくった。<br />
<br />
終了後、すぐに休憩になり、お手洗いにいくと、偶然消防局の職員から「厳しい質問だった」と言われた。私は「そうかなぁ」と答えた。その後当該の部長とも一緒になり、部長から「よく分かっているのですが、これから警察と連携してやっていきます。しかし市民の力で、見張っていくか、自警をして下さらないと難しい」とのこと。この部長の方が、正直だ。職員のように厳しいとは取って欲しくなかった。]]></description>
 <category>市会報告</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=316</comments>
 <pubDate>Fri, 05 Mar 2010 19:01:34 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[<span class="sml">パルモア病院移転問題</span> 第2回説明会 <span class="sml">[後編]</span>]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=315</link>
<description><![CDATA[<blockquote>「今お聞きすると、経営状況、病院の老朽化と狭いこと、またスタッッフの少なさを考えてみても、パルモア病院の危機であると思う。私達は、パルモア病院を潰す気はなく、皆でパルモア病院の存続への知恵を出しているではないか。その意味では、東灘区の他にも選択肢を考えて欲しい。例えば今日分かったことだが、自己所有地ならその場で建て直すことができないのか。皆さんそうされているが、どうでしょう」</blockquote>と司会役の医師が提案。しかし…パルモア側はこれも難しいと答えた。<br />
<br />
さらに、JR西日本との関係について<blockquote>「前回、たまたまJR西日本の住吉独身寮の建て替えの話があり、借地・テナントイン条件が可能ということで、昨年6月頃から、“本年2月の基本合意に向け交渉中”とあったが、その後どうなっているか」</blockquote>と質されたが<blockquote>「話は進展しているが、合意に達していない。理由は、現場ではほぼ合意できても、大きな組織であり、上司への許可等が下りてきていない。基本的合意とは、当該地のパルモア病院事業に、両組織が合意することである」</blockquote>という答え。<br />
<br />
そこで、<blockquote>「JR西日本のどの部署と話をされているのか。東灘区医師会としてお話したい。現状もお話しして、ご理解を頂きたい」</blockquote>と願うと、<blockquote>「我々は、関与していない。会うこともしない」</blockquote><blockquote>「せめて、JRのどの部署と話されているのか、教えて下さい」と重ねて聞くと、「それは、JRと相談しなければできない」</blockquote>と、にべもない。「JR西日本は、東灘区医師会の意向について、パルモア側との合意の条件に入っているのか」との質問にも「入っていない」と回答したところで、先生方の中から<blockquote>「JRもこの場に来て欲しい」</blockquote>との声が出た。そこで、私は<blockquote>「色々なマンション等の問題にも入っています。今回の件は違うことは分かっていますが、神戸市の市民病院もPFIで市民に内容が知らされています。今回は、やはり共同経営のようですので、できればお願いして欲しい」</blockquote>と発言した。<br />
<br />
長い議論だったが、前回も書いたように、東灘区医師会はよく抑えて発言をしているし、私もそうしている。それは、パルモア病院の人々が我々と同じ人柄であり、ご理解くださると信じているからだ。ある大きな産科医院の先生が、<blockquote>「仮にこんな問題を起こして、もし東灘・灘区の産科で新生児が急変した時、パルモアにお願いしますか?」</blockquote>と発言した時、皆が「ノー」と答えたのだが、それは、現状のパルモア病院では、町の産科が大きな病院を一軒建てただけで、区民のための安全装置になっていない。そのことを誰もが知っているからだろう。もちろんパルモア側も<blockquote>「東灘区に来ればどのような連携ができるか、そのために役に立つ設計をしたい。まだ3年も時間はある。皆さんと研究したい」</blockquote>と力説した。しかし、どこまで信用されているか ── 力説した方は、医師ではないのだ。<br />
<br />
個人的に、三宅理事長が嫌いではなかった。淡々として、懸命に語られる言葉に誠意を感じて、いかにも人格者と思っていた。しかし、質疑の中で<blockquote>「パルモア病院はキリスト教を信じ、経営の指標にされています。私は洗礼を受けたクリスチャンですが、三宅理事長他、誰も洗礼を受けていない。それでキリスト教を看板にしている。そのことについて、三宅理事長はどう思うのか」</blockquote>と聞かれた時、三宅理事長は当初、<blockquote>「そうあっても、時代の流れで変わってくる。私は始めから変わらない考え方は、いかがかと思う」</blockquote>と答えていた。<br />
<br />
私は唖然とした。もちろん、考え方がどう違うのか指摘されているわけでもないので、答弁も難しいかも知れない。しかし、自分の病院の利益のみを考えて、苦しんでいる地域に乗り込もうとはしないパルモア病院。創設以来の崇高な理念は、どうなったのか ─ そう聞いているのは明らかだった。三宅理事長も、きっと分かっていると思う。むしろ、誰よりも気にしておられながら、あゝ答弁せざるを得なかったかも知れない。私は、そう信じたい。<br />
<br />
30年前、東灘区岡本の笹部桜の公園の隣地がマンションになる問題で、山本という甲南の先輩が、出資する銀行の支店長に<blockquote>「そんな所に投資する銀行の支店長が甲南の後輩とは、情けない。甲南の平尾八三郎は、文化を育てた」</blockquote>と一括して公園になった。私はそんな人が好きだ。<br />
<br />
ある産科の女医さんは、発言を<blockquote>「どうか、何とか助け合って、頑張っている所をブルドーザーで荒らすようなことはしないで下さい」</blockquote>と締めくくられた。医は算術にあらず。計算に走った時、医療は大切なものを失うのである。]]></description>
 <category>神戸市東灘区</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=315</comments>
 <pubDate>Thu, 04 Mar 2010 18:30:00 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[<span class="sml">パルモア病院移転問題</span> 第2回説明会 <span class="sml">[前編]</span>]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=314</link>
<description><![CDATA[東灘区医師会とパルモア病院・若宮病院との話し合いが、昨日午後8時30分から2時間半にも渡って再び、東灘区医師会館で行われた。パルモア病院からは、三宅理事長・龍見院長・木村副院長。若宮病院から大橋委員長が出席。東灘区医師会は、前回より少し減って50〜60人。<br />
<br />
前回東灘区医師会から質された、諸々についての調査・報告の求めに関しては無回答。そこで…司会者の医師から、前回質問されていない医師に発言が求められた。中には、現在のパルモア病院の医師の労働状況についてや、退職された医師の退職理由等についての質問に加え、パルモア病院の土地の所有者についても質問があった。<blockquote>「前回パルモア病院の患者さんが東灘・灘区で50％以上と言っていたが、実際はそれ以下で、兵庫・長田の患者さんが50%を越えていると思う。従って、パルモア病院が、東灘区に来ても既存の病院への経営的打撃は少ないという言い訳は通らない」</blockquote>といった指摘もあった。<br />
<br />
これに対しパルモア側は<blockquote>「労働問題は各スタッフに協力して頂いている。土地問題では、パルモア学院とは断絶して、現在係争中である。病院の土地は、パルモア病院の土地である。前回、東灘・灘区とは言っていない。灘以東で50％であると言った」</blockquote>と反論。<br />
<br />
川島神戸医師会長が<blockquote>「前回の話し合いの中で、ポートアイランドに移転されるなら、私も同区のことであり、良いのではないかと思っていましたが、それを断念された。その主なる理由が、借地が許されなかったとのことであったので、神戸市の保健福祉局の桜井局長や、安井市議、またある民主党議員を通じて、何とか借地にできないかお願いした。その結果、神戸市のみなと総局から木村副院長に、仮に借地にしたら、使って頂けますかとの問いかけや、5000m&sup2の土地の提案もされたが『ポートアイランドは選択肢には無い』と言われ、帰ってきたようだ。そのことは、事実でありますか」</blockquote>と問うと、木村副院長は<blockquote>「確かに、みなと総局から担当課長が来られたが、当該地を借地にするとは聞かされていないし、他の土地の提示も受けたことはない。『ポートアイランドは考えていない』と回答させて頂いた」</blockquote>と答えた。<br />
<br />
そこで私は<blockquote>「東灘区医師連盟の顧問をさせて頂いています。この件で、借地が主なる理由なら何とかしなければ、神戸市にとっても医療産業都市づくりをしている中で、ポートアイランドのイメージアップになると思ってお願いして、担当課長がそちらに行って下さり、貴方とお会いして、当該地を仮に借地にしていかがでしょうと聞いたら、ダメでしたとの報告を聞いた。今朝も確認しているので、自信を持っている」</blockquote>と、発言した。<br />
<br />
川島医師会長がすかさず<blockquote>「お聞きの通りであります。木村副院長が、ポートアイランドはもうどこでも考えられないとのことであったので、提示する土地も提示せず帰ったらしいとの発言があった。」</blockquote>と言われたので、私は<blockquote>「前回のポートアイランドの断念の理由の大方が、借地ができないことであったので、いろいろな方にお願いして、ほぼその方向に行けると思っていた。しかし、今のお話では、前回は既に心は東灘にあってポートアイランドは断念されていたのに、いかにも借地ができればとの思わせぶりな発言 ─ これでは困ります。この件を他の議員に話したところ、パルモア病院が兵庫区や長田区に来て下さるなら歓迎するとの発言もあります。これに関しては、主題とはずれすぎるのでいいのですが、今また仮に借地にすれば、ポートアイランドに移転を考えて下さいますかとお願いしたいのですが」</blockquote>と話した。帰ってきた返事は<blockquote>「JR西日本との話し合いが上手くいかないときは考えたい」</blockquote>……<br />
[ 明日につづく ]]]></description>
 <category>神戸市東灘区</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=314</comments>
 <pubDate>Wed, 03 Mar 2010 20:30:00 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[市民が勝つのが民主主義の原点]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=313</link>
<description><![CDATA[私の好きな黒澤明監督の「七人の侍」のラストシーン、「勝ったのは農民だった」と侍が村を去るシーン。これが、民主主義の原点だと私は思っている。それを思い出したのは、昨日、久しぶりに、住吉川マンションの大原弘史理事長が事務所を訪ねられ…嬉しい報告を受けたからだ。<br />
<br />
住民の安全と環境の保障を求めて、昨年の6月頃から交渉を進めてきた東灘区東谷堰堤工事。国土交通省の工事に伴う工事車輌が沿道の3つのマンションの前、わずか6〜7mの生活道路を行き交うことになった。当時、住吉川マンションが人数が多いこともあり、先頭役をしてくださったのが、大原理事長と、工事対策委員長の山田氏、副委員長の柳田氏。厳しく国土交通省と工事会社等に時間帯、騒音、排煙等を詰め寄ったものだった。<br />
<br />
住民は、神戸市議会の建設水道委員会にも訴えた。大原理事長や山田氏柳田氏等のリーダーが、議員に対して良くよく説明。それも、”工事そのものには反対しない”という大前提で、である。結果、全党一致で採択され、住民の訴えを、当局に斡旋方、お願いすることになった。神戸市当局も、道路管理の立場から国との間に入って、沿道の人々の安全を守るべく、何回も話し合われた。<br />
<br />
<div class="rightbox"><br/>▲道幅が狭いので、川の上に仮歩道を造った</div>国土交通省も、自ら住吉川の川上に仮歩道を設け、歩道と車道を分けてくれた。住民説明会では、仮歩道の安全性も論議された。しかも、その仮歩道については、工事の期間中の朝から夕方までと申し合わせしていたところを、住吉川マンションのある方から「24時間使わせて欲しい」という申し入れがあったのを受け、国土交通省及び施行会社などで話し合われた。その結果、「3月8日から20日まで仮歩道を夜間テストすることで合意できた」と、大原理事長から笑顔の報告を受けた。<br />
<br />
「ここまで来れたのは、国土交通省や工事会社が話し合いの結果を良く守って下さり、住民との間に深い信頼関係が出来上がりつつあるから。また、議会で全会一致で採択して下さった各会派の議員さんがたや、それを受けて交渉に入り助けてくださった神戸市建設局道路管理課のお陰です」と、謙虚に語られた大原氏ご自身、本当に住民の為に粘り強く交渉を続けられた。ありがたいことだ。<br />
<br />
<div class="leftbox"><br/>▲人・車分離で、安全</div>私も、元々遊歩道を歩くのが好きで、川のせせらぎ、足下の緑を見ながら、時々この仮歩道を歩いている。それが24時間歩けるのは、楽しい。どうか、テストの間、上手く運ぶよう祈りたい。<br />
<br />
今回は、議会の採択が活かされていたし、市当局も議会の意志を受け、頑張られた。国土交通省も、よく市議会の意向を汲んで、住民との約束を守って下さっていればこそ、工事が進んでいるでのはないだろうか。これからの住民運動も、かくあるべし。「まさに勝ったのは、”市民”だ」と、昨日はいい気分だった。ここまで来るのに活躍して下さった3つのマンションの当時理事長だった大原氏、大西氏、大水氏の顔が浮かぶ。一本の道で結ばれた、3つのマンションにおかれては、今後も力を合わせて頂きたいと思う。]]></description>
 <category>神戸市東灘区</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=313</comments>
 <pubDate>Tue, 02 Mar 2010 19:30:00 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[<span class="sml">津波警報を気にしつつ…</span> 岡本名物 早春の観梅]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=312</link>
<description><![CDATA[チリ大地震による津波の心配が無くなって、ホッと一息。地震後の治安やチリ政府の対応が気になるところだが、日本政府が医療チームを派遣することを明らかにした。まずまず、早い対応だと思っているが、そんな、地震による津波も脳裏を離れない、昨日午前10時。名物の梅の花を愛でようと…<div class="leftbox"><br/>▲30分前にも関わらず長蛇の列</div>東灘区岡本の岡本梅林公園の摂津岡本梅まつりを3,000人を越える方々が観梅に訪れた。毎年、開園前から長蛇の列。先着1,000名の方に美味しい甘酒が、800名には梅林パンが振る舞われるのも、人気の理由だろう。昨日はちょうど、若干標高もあることだし、海岸線から離れてもいただけたことになる。<br />
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運営に携わる岡本梅まつり実行委員会は、ほとんどが岡本交友会の方であり、大変なご苦労をなさっておいでだ。岡本交友会は、岡本の文化を守り、環境を良くするために立ち上がったボランティアグループで、時には寄席を設けるなど、人々に喜ばれる行事を催して、岡本の名、印象の向上に努めておられる。<br />
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一方、梅林公園は、かつて開発業者がマンションを建てようとしたのを、地元のドケチ教々祖、吉本晴彦さんを先頭に地区の人々や私が強力に反対し、頑張って阻止した土地。あれは、バブル最盛期の時期だった。反対運動で記者団に囲まれたが、その中のある記者から吉本氏が「反対しておいて、後で貴方が買収して儲けるのではないですか?」と質問され、烈火の如く怒った、その顔が忘れられない。反対運動の結果、神戸市が買収し梅林公園として整備。1982年に完成した。面積は4566m&sup2;。豊かだった神戸市の名残で、今なら考えられないことだ。<br />
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当時設計に当たった市の土木局の若い係長、赤松氏は「狭い土地に夢を乗せ、良い梅を集めて、梅の展示会場のようにしよう」と提案してくれた。私も賛同したその案の理想は、未だに生きてる。現在は33種類・155本の名木が集まっている。中でも見所は中央にある「飛梅」。これは太宰府に流された菅原道真を追って、京都の邸宅にあった梅が一夜にして太宰府に飛んだという伝説の「飛梅」で知られる太宰府天満宮から頂戴した、「雲井」という品種の梅で、紅白美しく咲いている。<br />
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そもそも、この岡本は「梅は岡本、桜は吉野。みかん紀の国、栗丹波」と語り継がれた対句でも知られている。豊臣秀吉の時代に食梅として養殖されたものが大きく広がっていったようで、雲梅のようだと記されているから、相当な広さがあったのではないだろうか。<br />
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そんな雲梅の観梅のための臨時停車場を、旧国鉄が明治30年頃に造ったらしい。その駅が現在の摂津本山駅になったと言われている。また、明治38年に阪神電車が開通し、阪神青木駅からの観梅ルートも整ったようだ。当時、本山駅と青木駅からの二つの観梅ルートには、露店が出て賑わったという。しかし、そんな景色も、昭和13年の阪神大水害や、第二次世界大戦。さらに、戦後はバブルによる宅地開発等で、すっかり姿を消してしまった。皆さんにそんな説明をしていると、平和はなんと大切なことであるかと、つくづく感じる。<br />
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来る4月3日には、笹部桜の岡本南公園、通称「桜守公園」での観桜会が控えている。私が桜について解説するので、皆さん是非お運び願いたい。]]></description>
 <category>神戸市東灘区</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=312</comments>
 <pubDate>Mon, 01 Mar 2010 19:00:00 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[市政・県政は市民・県民のために<br />&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<span class="sml">— 自由民主党県連大会に代わる総務会]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=311</link>
<description><![CDATA[言いにくいことをズバズバと口にされた千葉科学大学薬学部教授の講義があったのは、自民党が野党になって例年に比べ少し人数の減った昨日の「自由民主党県連大会に代わる総務会」。減ったといえども意気盛んなメンバーの集う県農業共済会館で…午後2時、私は県連副会長としてひな壇の中央席に座っていた。<br />
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「自民党はここ5年~10年は野党なので、ひたすら耐えることが大切」と力説するその言葉を聞いて、ブログ用の写真撮影に来て下さったボランティアのAさんが「これは本当ですか」と聞く。「ああ、そうだよ」と答えたが、この講師には分かっていないところがあった。<br />
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「民主党が野党にあっても40年間支えた日教組、労働組合がいた。今の自民党は、いない」と言う。私は「もしいるとするなら、我々地方議員だ。そのことを分かっているのは小沢一郎で、彼の狙いは、地方議会の自民党を野党にすること。そのためには、首長を民主単独推薦すること。かなり高度な戦略を立てている。さすがは、元自民党と言わざるを得ない。現在、兵庫県議会では、自民党は与党で安心しているが、次の県知事は、小沢氏が元気なら民主党になる可能性もある。その時どうするか……まだまだ先の話だが、大切な県政が変わらないように、注意をしておきたいものだ」と話しかけてみたかったが、質疑応答などの時間は、残念ながらなかった。<br />
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<div class="rightbox"><br/>▲厳しい質問が飛び交う</div>講義に先立って行われた総務会では、まず、7月に行われる参議院選挙に自民党が勝利すること ─ この点において、民主党は小沢方針で2人区は2人の民主党候補者を立て、どちらか一人は確実に当選、あわよくば二人とも当選、若しくは他の政党の候補者を当選させて、自民党の議席を減らすことを狙っている。民主党候補の二人が競えば、比例票が増えるという狙いであり、民主党のための選挙しか考えていない戦略である。この分かり易い戦略を、我々は非難せず、正面から受けて立とうと、互いの意思を確かめた。<br />
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もう一つ特筆しておきたいのは、あの矢田神戸市長が姿を見せたこと。「自民党の皆さんに不快な思いをさせましたこと、申し訳なく思います」と陳謝し、「私の政策は、以前と何も変わっていない」と強調していた。これは、以前の矢田市政を支えた自・公・民体制と変わっていないことを言明したのだと解釈した。つまり、これからも自・公・民体制でいくとの意味である。<br />
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思えば前にもブログで書いたように、「矢田市長は民主が強くなれば、自・公を捨てて民主鞍替え、良いとこ取りをするそんな市長をいつまでも自民党は推すのか?」「逃げた女を負うな!」「違う候補者を出すべき!」といった批判が、我々に集中した。中には、立候補の意志を示す県議も出てくるなど、自民党市会議員も苦しい立場にあって、まさに"韓信の股くぐり"をしてきたのだった。<br />
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<div class="leftbox"><br/>▲多くを胸に抱き、万歳三唱</div>しかし、私が信頼する自民党神戸市議団の当時の団長平野昌司氏も、視線は市民生活と神戸市の将来に向いている。矢田市政は悪くないと判断。民主党に行ったのは戦略であり、信頼関係は保持されているとして、怒る人々の説得に当たってきた。結果は、薄氷を踏む勝利とはいえ、当選。<br />
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しかし、自民党との関係を修復するのに、平野昌司氏は相当に気を配った。ここではその内容は書けないが、矢田市長が来賓として招待されたこと、またそれを正式に受けた事実は、市民生活と今後の市政運営において、大きな安定感を得ることになる。もちろん、我々は政策については是々非々でいく。党略でなく、政策が市民のためになっているかが重要である。最後に私が、今夏の参議院選挙への決意や政権奪回の誓いを胸に壇上に立ち、万歳を三唱して締めくくった。<br />
]]></description>
 <category>政治・政党</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=311</comments>
 <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 18:00:00 -0800</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[代表質問2日目]]></title>
 <link>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=310</link>
<description><![CDATA[引き続いての本会議で、今日も論戦が繰り広げられた。共産党が先ず質問に立ち、中小企業景気対策や敬老パスについて等重点9項目について、持ち時間の85分にわたって、分かり易く簡潔にまとめた良い質疑を繰り広げた。だが、そうは言っても、受入れることのできない考え方・視角であり…<br />
私は賛成できない。<br />
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市の市民税・固定資産や家賃等の滞納者に対する徴収のやり方が、共産党そのものだ。血も涙もないとは言わないまでも、少々強引なところがある。<br />
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<div class="leftbox"><br/>▲今日も論戦が繰り広げられた</div>実は、私にも悲しい思い出がある。滞納者の最後の頼みの生命保険まで押さえられて、離婚した方がおられた。家賃を滞納して、店舗を人前で写真撮影され、退去を求められた。私は市側の弁護士に会いに行き、「滞納者がバクチや投資に走ったのではない。朝から晩まで働き続け、娘婿まで借金を重ね、死の寸前にある」と訴えた。一定の理解をいただけたお陰で、今もご存命だ。良い弁護士だったが、市は、そんな弁護士はもう使わないらしい。<br />
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厳しくても、借金をしてでも支払っている立派な市民がいる以上、公平さから言えば納税することが先ず第一だろう。だが、滞納者が立ち上がれるように配慮し、命を絶つなどということがないようにするのも、大切である。かつて、私の友人も命を自ら絶った。家賃の滞納だけでなく、他の借金も重なってのことであるが、私の力では助けられなかった。彼は、最後まで明るく笑っていたが、なぜだか未だに分からない。何か良い方法はないだろうか。社会をささえる税収は、重要な基盤であり、担当者も行政行使人であるだけに、大変な苦労を背負って、嫌な役目を担っておられる。「政治がしっかりせねば」と、本会議場でつくづく思った。<br />
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次いで、自民党神戸。次期基本計画について、神戸港について等、重点7項目について80分にわたり真剣に論議した。続いて、住民投票☆市民の力が、地方財政のあり方や情報公開等について、重点6項目を40分で質疑した。<br />
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質疑者のある議員は、礼儀正しく謙虚で、主義主張は違っても好感を持っていたが、前回の本会議での思い上がった質問で、失望していた。ところが、今回は少し違っていた。同じことを議論しても、お互いに敬意を払えば、議論の中身が高度になってくると思う。今回、市長も感情的にならず、淡々と答えていた。<br />
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そこで思い出したのが、須磨区選出の、かつてのS議員。本会議で市政をこっぴどく批判すると、議場からヤジが飛び交い、にぎやかだった。しかし、彼に対して市長は決して感情的にならず、むしろ楽しく答弁していた。ある局長など「私はあの人の質問は、悪意を感じないのです」と語ったほど。まさに、プロの野党議員だった。彼が激しく批判した、六甲山をくり抜いた洞穴音楽堂の案は、ついに彼の主張通り立ち消えになった。恐らく、彼の主張によるのではなく、地盤の問題など他の理由でだったのだろうが、彼のユーモラスな質問も一役買ったかも知れない。<br />
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その後、新政会が30分およそ3点。新社会党が30分でおよそ2点について質疑。最後は、無所属が15分1点について質疑した。一人ながら、市民のために15分力一杯訴える真摯な態度に、拍手。]]></description>
 <category>市会報告</category>
<comments>http://www.yasui.net/hikolog/index.php?itemid=310</comments>
 <pubDate>Fri, 26 Feb 2010 22:00:00 -0800</pubDate>
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