倒木に想いを馳せ、夢を来年に繋ぐ
(12/29 神戸の文化・スポーツ)
鎌倉時代から生きて保久良と海を見守り、共に生きた保久良の仲間として、今、私たちがその最後を見届けるにあたって…その気品と風格にふさわしいように、最後を飾る責務があると思う。
それは、ケヤキの大木のこと。今年10月22日 日曜日の台風時の強風で、東灘区にある鷺の森八幡神社境内のケヤキが倒れたのは、ニュースなどでご存じの方もおありだと思う。
倒木が近所の家に迷惑を掛けてしまったのは、申し訳なく思っている。だが、一方で、このケヤキは大変貴重なケヤキだという事実がある。800年の歴史を持つその古木は、昭和34年に神戸の銘木指定。昭和49年3月には、市民の木に。そして、平成11年2月に神戸市指定の天然記念物として指定を受けたという、まさに県下でも名高い銘木だった。
そこで、このケヤキの倒木の処置をどうすべきか。また、その費用はどうしたら良いかといったご相談を、北畑の有力な方々から頂いた。
地元の方々の声を伺うと、「現地で、モニュメントとして残したい。できることなら、財産区で残る旧4ヶ村に記念品として残しては」等だった。難しいのは、費用だ。私は、市長との懇談会で「市の銘木と指定し、しかも県下でもこれだけの銘木を、そのまま燃したり捨てては、ケヤキと市民に申し訳がない」と訴えた。市長も頷いて、私も新聞で読みましたと答え、土木と相談して下さいとの事だった。
さらに、ある会合で、北畑財産区管理会の副田耕司会長も、市長に直訴して下さった。副田会長は長く保久良神社や鷺森八幡神社の事を調べておられて、「このケヤキは800年間、神戸の海を守り、灯台の役目を果たしてきました。この神社も船関係者が関わっていて、船を運航するのに大切な『和』がシンボルになっているのです」と教えて下さった。それがヒントとなり、みなと150周年で応援して下さり、土木の応援も頂戴して、60万円の費用がなんとか用意できた。
そこで、木を大切にし、もっと木造の住宅や公共物の建築をという推進活動をなさっておられる兵庫県木材青年クラブの方々にもお願いして、12月26日、東灘区役所で第二回目の会議が行われた。
出席者は、市側から稜野東灘区長、白井東部建設副所長他5人。地元から北畑宮の宗田匡弘総代に、財産区の副田耕司会長と西川義信管理会計、北畑天王講の谷雅明講長。そして、兵庫県木材青年クラブの中塚一裕会長と、名田和豊副会長、新宅隆史前会長に、会員で株式会社三栄の服部真俊取締役。さらに、私と事務所の足立ボランティアに矢野の三名がオブザーバーとして加わり、計16名で、なごやかな会談 … というより、先ずはの顔合わせとなった。

会議に先立ち、この件では推進役の宗田匡弘総代と岡本課長が、木材青年クラブの服部真俊さんのご案内で、これまでに作られたモニュメントやベンチなどを拝見していたのが、大変役に立った。お陰で、先ずはモニュメントとして、年輪を見せるよう輪切りにして、北畑会館に飾る事が決まった。さらには、「子供たちに夢を持たせよう」「残りは、将棋版にしよう」というように、色々と意見を出し合った。
次回は来年1月21日にする事になったが、いずれにしても、今年は、これが最後のブログ。楽しく夢のあるお話しにしたいと思い、これらを仲良く議論するにふさわしい人々の集いを紹介申し上げた次第だ。今は、夢を来年につなぎたいと思っている。
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