市民を守る責任感を
(10/24 震災・天災・防災)
おかげで、関電の電力は使いたくないなぁ、と思うようになってしまったが、なかなか、そうも行かない。そんなことを悩むようになったのは…一昨日から昨日未明にかけての、あの台風の夜だ。
市長の当選祝いに向かうべく、足立ボランティアを迎えに行ったのは、10月22日夜7時30分。魚崎のマンションのところで、どしゃ降りの雨を伴う猛烈な嵐の中、ミニパトカーが赤色をまわし、三人の警察官が交通整理をしていた。

見ると、マンションの敷地内の鉄柱が歩道の上で、電線に支えられつつも、折れて横になり、まるで電線に電柱が引っかかっている状況だった。あの夜は本当に多忙で、市長→盛山→上畠と一巡して、魚崎にたどり着いたのは日が変わって、真夜中の0時30分頃だったが、警察官はまだ頑張っていた。
状況を聞くと、東部建設事務所からも来たが、警察官から関電が来てくれると言われたのもあるけれど、電線については手が出せないので帰った、と聞かされた。それは、そうだろうと思う。ところが、その後関電が来たら、「これは関電の電柱ではない」と言って、帰ってしまったという。困ったのは警察官で、マンション管理会社に必死で電話をして、どこの電柱か聞こうとするのだが、連絡が取れない。やっと連絡がついてもチンプンカンプンで、多分関電のもので、マンションへの取り次ぎの電柱だろうとのこと。そこで私は、市の危機管理室と警察官とで、私の携帯で直接話してもらった。
私は、怒った。私が危機管理室に訴えたのは、責任をたらい回しにされ、不安で集まっておられる御近所の人や、約6時間も豪雨の中で交通整理をして下さった警察官の方々 … 一体誰が積極的に市民を守ろうとしているのか、という事だ。これをうけた危機管理室は、よくやってくれた。関電とホットラインで話し、多分NTTによる光ケーブル等の通信用だろうと予想がついたので、NTTに掛け合って現場に行くよう依頼してくれたのだ。これが、決め手となった。
一方、東部建設事務所からは二人の職員が来て、ガードマンの手配をしてくれた。時は既に夜中の1時を回っており、その間、警察官が働いて下さっていたのだ。この時点で、私は引き上げた。ガードマンの手配がつき、NTTが来ると判明して見通しが立ったからだ。
私は、疲れ果てていた。選挙の後だった。だが、すべて勝利したので、気持ちは楽だった。24日に顛末をうかがうと、予定通りガードマンが来て、NTTが応急処理をして行ったようだが、それが夜中の3時。実に、およそ11時間にも及ぶ活動だった。この間、マンションの住民は警察官に「カップヌードルを出そう。温かいお茶を出そう」と相談。足立ボランティアの三男、州さんは、雨の中、私の警察官へのメッセージを伝えたり、住民の間のコミュニケーションを計るなどして、住民から感謝された。
しかし、ここで私が訴えたかったのは、何故これ位のことで、こんなに時間がかかり、多くの人々が動かねばならなかったのか、だ。システムの欠陥なのだろうか? いや、それもあるだろうが、関係者の、市民を守る意識が少々薄いのではないか。特に批判すべきは、関西電力である。警察の求めで現場に来ておきながら、「関電のものでない」として帰ってしまった。そのため、警察官は処置に困り、ようやく連絡のついたマンション管理会社は当てずっぽう。私が怒り、危機管理室が「多分、NTT」と突き止めてようやく、応急処置ができた。何故関電は、「自分の物ではないが、恐らくNTTではないか」と、専門家ならおよそ分かるはず、察しがつくだろうと思われる、そのコメントができなかったのか。そうすれば、こんなに時間も取らなかったはずだ。ほんの少しの親切が無い ── それが、残念だ。
皆さんの周りでは、台風被害は如何だっただろう。お怪我や被害などなかったら良いのだがと、それも気がかりでいる。私は仕事上、関電の幹部の方々とよく話しをするが、幹部は今、関電の立場をよく心得ているし、独占企業の位置づけもわきまえておられる。だが、現場の人々には、「公共事業であり、市民に愛されなければ」というような思い、自覚がないのではないか、と思えてならない。
厳しい自然と対峙した、一夜。危機管理室も東部建設事務所も、住民も州ちゃんも、また警察官にも、感謝。東灘署長が「仕事ですから」とさらっと答えられた、それがまた、嬉しかった。

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