大仕事を成し遂げられた前市長
(08/01 市議ライフ徒然)
私の議長時代、外郭団体の給料の支払い方法が不適当として、裁判所から、確か30億円の支払いが矢田市長個人に命じられ、議会として対抗して…支払わないよう議決した。その是非を問う最高裁の判断でも、結果的に私達が勝利した。あの時は、夜8時半に東京から連絡が入り、議長室を後にしたのを、鮮明に覚えている。

そんな、矢田立郎前神戸市長の旭日重光章祝賀会が、ホテルオークラ神戸で催されたのは、去る7月31日。私とは家が御影同士の上に、奥様も兵庫高校の先輩だということもあって、古く親しい仲だ。
苦労人で、優しく頑固な、良い市長でおられた。祝賀会では、祝辞を述べた。井戸知事も生田神社の加藤宮司も、私と同じことを仰られた。
ご本人は、市長選挙に出る苦労話しをされた。「妻は絶対反対だったが、やむを得なかった」と。私もその場面を覚えているが、やるとなったらやると自分に言い聞かせておられた…そんな場面だった。大地震からの復興と財政の再建という、大仕事をして下さった。
氏のさらに立派なところは、久元市長へバトンタッチする際、財政を安定させていたことだ。久元市長もそれを良く理解されていて、今も矢田さんを「市長」と呼んでいる。私も最後までいたが、久元市長は、この祝賀会でも最後までおられ、久元市長の矢田市長に対する敬愛の念が、良く分かったのだった。


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