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2016年 01月 14日 木曜日

こうして御影は団結し、若者との絆が続いて行くんだと、そう実感できたのは… 黄綬褒章を受章された高嶋良平さんの、受章祝賀会。御影公会堂で行われた1月10日の当日、私は経過を述べることになった。

新聞に大きく褒章受章が報じられたのは、昨年11月2日。浜田さんが私の事務所で、「安井さんが祝賀会をやるべきだ」と主張された。それは良く分かってはいるけれど、高嶋さんご本人にお尋ねすると、強く辞退されたのだ。「2月7日の御影新年の集いで、ついでに披露して下さればいい」と仰るのを、私と浜田さんで「同じやるなら御影を上げて、しかも若い力で」と説得した。

現在の自治会長等、各界のリーダーの方々に発起人として名前をいただき、浜田さんと御影連合会の保元さんが中心となって呼びかけられた。御年70才の高嶋良平さんは若者に人気があり、大した動員もなしに、180人もの方々が参加をご表明下さった。

名簿づくりでは、足立ボランティアが大変苦労していた。式次第や座席は、高嶋さんご本人にお決めいただいた。この方面の企画力はプロ並みでおられるので、私などが口を出さない方がいい。

結果、高嶋さんのご人望ならではで、神戸市の幹部や玉田副市長を始め、局長クラス4名・部長クラス2名に、課長クラス6名と立派な面々に加え、東灘区婦人会長等各団体の方々が、ひな壇席に着かれた。

この、大勢の出席には理由があった。高嶋と言えば、連想されるのがだんじりなのは、知れ渡っている。そのだんじりに、若い方々が共鳴する。震災20年で、高嶋さんは御影のだんじりを4基、フラワー通りで行進させた。その時、徹底的に警察と市役所との約束を守った。これに喜んだのは、警察に顔が立った市役所だった。だから、市や区役所も参加しやすくなったのだ。

他に、東灘区のあらゆる地区から参加申し込みがあったが、御影の会としては、お断り申し上げた。例えば、住吉学園の竹田理事長。4年前の東灘だんじりパレードの実行委員長でおられ、資金難の中、高嶋良平氏は黙って二百万円以上を提供された。その時の義理を思われたのだろう。同理事長からは豪華な祝電を頂戴し、男心が通じているのが、良く分かった。

会は最高に盛り上がった。特に、受賞を記念して万年筆などの品を、という代わりに、「御影の居酒屋8軒に焼酎のボトルをキープできる」といった内容の目録を、浜田さんが読み上げた時だ。高嶋さんは日頃から地元御影の店でお金を使われるからという、御影を愛する者同士、わかり合ったその心からだった。

我々は高嶋さんを、御影活性化大使第1号とした。盛んな拍手がわきおこり、口笛が鳴った。浜田さんは、頭の中を真っ白になさりながら大役を果たされ、ご降壇。続いて、婦人会のフラダンス(写真)。大城代会長他9人の美女が、腰を振る。踊りはバラバラだけれど、それがまたウケて、笑いと感謝と友情の集いとなった。
写真
高嶋さんは、3,000円の会費以上のお返しをして下さった。それが、彼の気遣い、心意気というものだ。高嶋良平さん、ありがとう。頑張った浜田さん・大城代さん・保元さんや、足立ボランティア、本当にご苦労様。