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2015年 05月 01日 金曜日

かつて、人々はそこを天国と呼んだ。今から百年前に開かれた食堂「一膳飯天国屋」のことだ。貧しい人々の栄養改善のためと… 社会運動家の賀川豊彦が、この地で食事を提供し、人々を救った。今日それは、賀川豊彦記念館に、精神を引き継いだ「天国屋カフェ」として週三回、営まれている。

選挙も終わった4月25日、前々から誘われていたので、ボランティアの足立ともども、神戸市中央区の賀川豊彦記念館で催された、賀川豊彦召天55周年記念講演会に足を運んだ。

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教会は満席で、熱気につつまれていた。講師は、同志社大学の深田未来生名誉教授。賀川豊彦氏が早朝に1人、ベッドの横でひざまずいて祈っている姿に威厳があったと語られた最後の一言に、私はうなずいた。信念に生きた男の誇りが、そうさせたのだろう。きっと、愛に包まれていただろうと想像できた。良いお話しだった。

講演の後、天国屋カフェという会館内のレストランで珈琲を頂戴していると、参事が来て下さったので、お話しを伺った。

私が、「この記念館には、もっと人々が訪れて欲しいし、神戸市も、神戸が生んだ偉人としてもっと敬意を持つべきだ」と言うと、西 参事は「歴代の市長さんは、皆さん来られています。特に、中井一夫市長(注 昭和20年8月11日〜昭和22年2月28日 第十代)には、よく相談に乗って頂きました」…なんと、47年前だ。「宮崎市長もよく来て下さったし、矢田市長は尊敬している人として、よく記念館に来て下さいました」と仰る。

私は「久元市長は?」と聞いた。西 参事は、首を横にふられた。私は館長に、「一度、この天国屋での食事に誘いますよ」と、約束した。

天国と人々から呼ばれたから、天国屋 … 是非、久元市長も、1人ででも行っていただきたいものだと、願っている。
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