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2015年 03月 13日 金曜日

末席を汚す都度、多くを学ぶのが人生の節目の式典。馬齢を重ねるとともに、涙もろくなったのもあるのだが… 大切な地元の御影中学校の卒業式にお招きを頂戴したのは、3月10日。神戸市の中学校で一斉に卒業式が行われたその日の式も、また大変良い卒業式だった。

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きどらず、過度にならず、淡々と進行しながらも、温かい心と感謝と、喜びが感じられた。私はそっとハンカチを目に当てながら、この学校の生徒の皆さんの幸福を心から願った。

嬉しかったこともある。それは、白井俊彦校長と私の名前が一字違いだから、などという事ではない。前もっての来賓への式次第説明で、まずPTA会長、次に教育委員会、次に議員さんと、席順を決めて下さったのだ。私は気にする方で、前の方に座れば、厚かましい目立ちたがり屋と思われないか。かといって後ろに座ると「前に座ったらいいのに、謙虚ぶって」と陰口を言われもする。そんなこんなで、座席指定は有難いのだ。

校長先生の祝辞は、素晴らしかった。震災20年を始め、各方面への気配りもあり、第67回卒業生213人が目指した夢、勇気、思いやりを果たしたと称えられた上で「夢は期待とは違う。夢とは実現の為に努力する。その努力は人生においていろいろな場面で必要になる努力で、大切な事です。人生に、時間割りはありません。自分で責任を持って、時間割りを作らねばなりません。御影中学校で学んだ事を思い思いだし、頑張って下さい。私は、皆さんの、文化祭での全員の合唱を聞いて、協力の美しさを心から感じ、感動しました。そして、これを必ず、皆さんの卒業式で話したいと思っていました」と、日々を振り返りながら、未来へ歩み出す生徒さんらへのはなむけとされた。

いいスピーチだった。常に生徒さんらと共に歩まれていると、分かる。213人の愛する生徒への最後のスピーチに、彼は心を込めたのだ。私は、力一杯拍手した。続くPTA会長も、短いながら要点をついていて、印象に残るスピーチだった。

送辞は、平井ゆうすけさん。「先輩は、部活動でも行事でも委員会でも、私達に対して思いやりを持って指導して下さり、私達のあこがれでした。光り輝いていました」と別れを惜しんだ。答辞は、細田その子さん。「3年間自分たちで考え自分たちで行動して来た。この間、いろいろな事を学べたし、同じ悩みを持つ仲間も出来た。最後の東京の修学旅行も、自分たちで考え行動した。そんな私たちを信じて、温かく見守って下さった先生方にお礼を申し上げたい」と、見事に自分たちの3年間を評価。私は、思わず拍手していた。

いずれの生徒さんたちも、立席のまま聞いていた。この頃はワイワイガヤガヤと落ち着かない式が多い中、ここまで行き届いた式は、ない。何回もハンカチを使った、良い日だった。
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