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2009年 07月 03日 金曜日

昨夜、三師会(神戸市医師連合・神戸市薬剤師連盟・神戸市歯科医師連盟)と我々自由民主党市議会議員団との会合が、午後5時から持たれた。年に一回の集まりだが… 回数毎に内容が濃くなり、順調に発展している事が感じられ、神戸市当局はもとより、市民の為に大いに役に立っている事が分かる。三師会を結成し、ここまで誘導してこられた川島龍一医師会長に心から敬意を表し、お礼を申し上げる。

少なくとも私は、この会から多くを学んだ。それに、何といっても、今回の新型インフルエンザへの対応について、医師会をはじめ三師会の活躍がなくては、市民を守り切れなかった。この事は、6月24日に閉会した補正市会でも、代表質問において、民主・公明等、与党会派がこぞって三師会の活躍に敬意を表しお礼を述べ、今後、秋に備えて医師会との連携を密にするよう市長に要望した事でも、よく分かる。昨夜の研修報告の中では、副会長の本庄昭先生が経過を報告され、検証しながらの次への問題点のご指摘が、議員として大変勉強になった。

▲本庄先生の説明

本庄先生は、その経過報告の中で「医師会は、平成20年11月5日 (つまり神戸市で発生する以前) に「神戸市医師会新型インフルエンザ対策会議」を立ち上げ、15の課題を上げて、一つずつ検討しておられた ─ その中で、抗インフルエンザ薬「タミフル」の備蓄と流通経路の整備を問題視し、関係各所に申し入れしていた」と分かり、感銘を受けた。こうした先見性が、市民を守ったのである。

さらに5月17日、市長は、「まん延期宣言」をすると共に、市だけで対応できなくなり、医師会に対していきなり、すべての医療機関(一般開業医を含む)で患者を受け入れるよう依頼したのである。市医師会は直ちに対策本部を設け、7つの条件をつけて受諾したのだが、この辺りの医師会のすばやい判断も見事であったと思う。これが奏功して一定の落ち着きを見せた事により、5月28日、市長は「ひとまず安心宣言」を出したのだが、実はこれも、医師会に断りもせずにやったらしく、反省すべき点の一つである。

6月12日には、新型インフルエンザ検証委員会において検証項目13点を上げられた。これは9月上旬にまとめて報告されるそうで、大いに期待している。

その報告を受けてからは私達の仕事。出来る事はしっかり頑張りたい。13点の中に「抗インフルエンザウィルス薬及びワクチンの円滑供給」という課題がある。手だてをつけて、議員力を行使すべきであると思う。
強毒性のインフルエンザにご対応下さる医療従事者に対する保護と保障も課題だ。「みなし公務員として扱う」ようでは申し訳ない。もっとはっきりしたものになるよう、政府に働きかけなければならない。

更にこのご報告で分かったのだが、驚くべき事に、医師が使用するマスクは、必要数の50%しか満たされていなかったそうだ。他にも役人は、何かと医師に無理をお願いしたに違いない。しかし、よく頑張って下さった。最後に本庄先生から、与党プロジェクト(政府与党で作るインフルエンザ対策プロジェクトチーム)を神戸に連れてきて、医師会館で直接、三師会から要望できるほう計らった功績を褒めて頂けたのは、嬉しかった。


▲東灘区三師会のみなさん
歯科医師連盟の前田龍一先生からは、「歯科医師として市民の為にインフルエンザが拡大しないよう、また感染源にならないよう努力した」事が報告された。これも、ありがたい事だ。

次に薬剤師会から、桂木聡子先生が抗インフルエンザ薬「タミフル」について、「赤タミフル・青タミフル ─ 同じものなのに価格も違うし、有効期間が2ヶ月程違うのはどうして」というお話しがあった。素人の私はすぐに、悪徳薬剤メーカーの陰謀かと思ったが、どうも違うらしい。いろいろ理由はあるのだろうが、素人の私には分かるはずもない─[参考]

▲敬愛する川島先生

最後の挨拶に立たれた、敬愛する川島龍一神戸市医師会長は「自由民主党神戸市議団と我々は、立場は違うが、目指すところは神戸市民生活の安定と、市民の安全と幸せである。」と述べられた。本当にその通りである。私は「議員は市民の為の道具であり、僕である」と思う。

同会長が続いて「日本の持つ国民皆保険制度は、世界一で今世紀の宝物」と話されたのを聞いて、また感動した。医療制度の確立があってこそ、市民が安心できるのである。その医療は、誰にも平等で人類のものでなくてはならない。こうした精神が、今回のインフルエンザへの対応にも活きていた。私は今の平野団長を信じ、川島龍一先生を敬愛し、共に市民の為に微力を捧げられる事に、喜びを感じる。

ところで、会の間、私の好きな中川眞先生が隣に居られた事もまた嬉しく、御祖父様の代からお世話になっている石崎順啓東灘区歯科医師会長と中川先生の間に挟まれた私は、つい饒舌になってしまった。この方とは30年来の本当に長い付き合いで、私を育て、政治的に苦しいドン底の時には、医師会の岡野安雅先生、中村益啓先生、西崎敬四郎先生と共に守って下さった。あの時に、私は「必ず医師会、歯科医師会にとって最も役に立つ議員になってみせるぞー」と決意し、懸命に学び、医師会、歯科医師会の代弁者として頑張った。今では周りも、少しはご理解下さるようになった ─ 今回、歯科医師会の理事長になられた中川先生は、その原点を作って下さったお一人でもある。あっという間の3時間で、お会いできて本当に良かった。


▲平野団長と川島先生と

私の好きな映画で、黒澤明の「7人の侍」のラストシーン、雇われた野武士がこうつぶやく。「勝ったのは村人だった。」市民が議員という道具を使って、幸せになればいい。私は道具なのだ。いい道具になりたい。