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2011年 03月 16日 水曜日

昨年、神戸市東灘区御影にお住まいだった置塩壽さんが106歳で他界され、遺言で、現金11億3800万円及び土地建物約1億4400万円が… 神戸市に寄付するとされていた。3月14日の本会議では、この遺贈により、第92号議案として「神戸市置塩子ども育成基金」条例案が市長から議会に提出された。とてもありがたく、嬉しいことではあるが…と、前にこのブログでも紹介した件だ。

遺贈の背景には、地域の方々の温かい手があった。ある時は、新聞がたまっているのをみたある方が、警察官とともに家に入って倒れている置塩さんを病院に搬送し、一命を取り留めた。普段から、お買い物をお手伝いしたり、あれこれ相談にも乗ってきた。もし、近隣の人がお願いしていたら、きっと神戸市はともかく、町内へ幾分かご寄付下さったであろうことは、十分予想できる。しかし、控え目な地域の人々はお願いしなかった。置塩さんは、地域が潤沢な町と思っておられたかも知れない。永く教職に携わっておられて、子供達への想いもあったかも知れないが、すべてを神戸市に託された。

せめて一度でも神戸市職員が訪ねるとか、一度でも声を掛けていたのなら、地域も納得するだろう。だが、そんな事はなかった。当たり前のこととはいえ、地域の人々の温かい心が今回の寄付につながったのは明白なだけに、せめて一部でも良いから、地域の人々のために役立てて欲しいと思うのだ。

それこそが、置塩さんの遺志に叶う使いみちではないのだろうか。過去には、逆に、神戸市に住んでおられて他地区に寄付をした例もある。

世界一と言われる笹部新太郎博士は、神戸市東灘区岡本にお住まいであったのに、全てを西宮市に寄付をされた。当時の区長は、そんな立派な方が一人で住んでおられることを知らず、西宮市の助役が時折訪ねておられたのだ。東山魁夷画伯は長野県へ…そう考えたら、地域の果たした役割は大きかったと分かる。この条例案の主旨を活かすためには、そうした点で、十分な配慮を織り込まねばならない。