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2011年 03月 10日 木曜日

私達が忘れてしまっている人の心、愛、敬意、温かみ、謙虚さがつまっていて、お金や地位は無用、もっと大切なものがあると気づかせてくれたのは、神戸市立楠高等学校の校内新聞。議会毎回送って下さるそれは、実は… 夜間高校の新聞なのだ。毎回目を通はすものの、しっかりと読んではいなかった。それが、今回はしっかりと読み、そして、感動した。

写真
▲ 読後、涙が止まらなかった
そこには
「2月25日の第62回卒業証書授与式が挙行されました。晴れて卒業を迎えたのは42名。多くの苦労を乗り越えなければ、この証書を受け取ることがは出来ません」
とあった。中でも、4年間皆勤した生徒が4名もいたそうだ。きっと、並大抵のことではない頑張りがあったに違いない。

皆勤したうちの1人は、
「『学校へ/毎日通う/四年間/気合いを入れて/皆勤を取る』と、四年生のとき短歌を詠んでいました。彼は仕事と学校の両立を成し遂げました。この気合いで社会の荒波も乗り切ることでしょう」
とあった。

熟年生徒も卒業されていた。「お母さん」と呼ばれていた方は
「卒業したら第二の人生です。あちこち旅行して、人生の幅をもっと広げたいです」
と卒業文集にお書きになり、卒業後は、若い生徒たちと温泉旅行に行く計画を立てておられるそうだ。

卒業生の進路は、さまざま。今年の厳しい就職状況の中、10名が内定を勝ち取ったそうだ。専門学校進学が7名、大学進学が2名、在学中からの職場などで継続が15名。新聞には「これからはそれぞれ違った道を歩き始めます。社会情勢は、生易しいものではないでしょう。その中でしっかりと自分の道を歩み続け、充実した人生を送ってもらいたいものです」とあった。本当に、そう思う。これからが正念場。各所で頑張って欲しいものだ。

同紙には、卒業生代表の答辞も載っていた。全日制の高校を退学し、楠高校を受験。どんどん友達が増えていったと記して、
「でも、天敵がいつも私のテンションを下げました。天敵と言うのは、教師でした。教師不振になっていた私は、5時過ぎから正門に立っている先生も、HR教室などでやたら声を抱えてくる先生も、不愉快でたまりませんでした。『どうせできるものと、できないものを勝手に分けて、自分たちのいいようにするんやろ』と先生方を信用していませんでした。しかし、廊下ですれ違った時、授業の終わりのふとした時に、『仕事どうや?』『学校慣れたか?』などと声をかけてくれ、学年が上がるにつれ、生徒一人一人の事に気をかけてくれる先生方の姿をみて、『ここの先生はちょっと違うな』と思いました。そして、私は先生方のことを尊敬している自分に気がつきました」
と続き、最後に
「私のように全日制高校を続けられずに定時制に来た生徒。中学時代不登校で、しっかりと勉強できず、その時の遅れを取り戻そうと勉強している生徒。年配になってから真剣に勉強しようと、仕事や家事の合間に時間を作って必死で来ている生徒さんたちは、さぞかし、私のことがうるさくて仕方なかったんだろうと、今更ながらに反省しています。ご迷惑をおかけしました」
と締めくくられていた。

74歳の女性は「
悔しくて落ち込むこともあるが、悔しさの力をバネに元気でここまで来れたことに感謝したい」
という具合で、いずれ劣らず、努力の蓄積が記されていた。

私は、ただただ黙って、涙が止まらなかった。楠高校の校長先生をはじめ教職員の方、そして、頑張って来られた42名の生徒の方に、ありがとうと感謝の誠を捧げたい。きっと、42名の方は楠高校で学んだ価値観で、世俗でない、誇るべき本当の人生を歩んで行かれるのだろう。それこそ、本当に役に立っている教育費ではなかろうか。「税金が、ここでは確かに生きている」と、そう感じたのだった。