▲冷凍かに味噌
Kさんが、また古酒の封を切った。今度は、白雪。平成13年の「斗瓶取り」、9年ものである。皆、この古酒にあった猪口を取り出し、楽しんでいる。御一緒してくださったもう一人の女性は、西区のほうにお住まいの、お茶の先生。日本酒の利き酒の大会で優勝 ─ それも、500人もの男性相手の優勝したのをはじめ各大会で入賞される程、日本酒がお分かりだ。よく語り、よく召し上がる。日本酒好きの女性仲間がたくさんいらっしゃる、楽しい方だった。
余韻を味わっていると、ブリの腹を小骨がついたまま火であぶったものが出てきた。塩味だけのその身を口に引っ張り込むと、脂がのってうまい。私は、御主人の人生を聞いてみたくなり、「どこの生まれですか」と切り出した。主曰く、広島県の呉で生まれ、板場となって日本中を渡り歩いたそうだ。和歌山・高知・別府・奈良…神戸にも居たことがあるそうだ。その場、その土地でうまい素材を使い、料理を工夫したという。私も少しはその世界を知っている。主のそれはいわゆる「渡り」で、向上心のある職人が、他の職人から技術を盗むべく渡り歩く。今は料理学校で学ぶ人が多いが、この年代の人たちは、身体で覚えてきておられる。魚の見分け方はもとより、特に野菜は難しい。多くの職人さんが、酒・バクチ・女に溺れ、進歩が止まるかダメになる。この主は意志が固く、料理が心底お好きだったのだろう。きっと、自分にむち打ってこられた、その表れが、客を大切にすることに繋がっている。
先の福井水害で自宅が水没したとき、東京の大切なお客様の予約を受けていた。電話は店にあるので、自宅を捨て、店の前でお客を待ったという。そのお客はお出でにならなかった。でも、主はそれで満足したという。神戸の地震の時、主はKさんに電話を入れた。Kさんは「工場が残ったから、また働けるから良いよ」と言ったそうだ。商人の根性である。その言葉を思い出して主は元気を出し、周りにもそう言って励まされたそうだ。
福井に来て、良い天然物の魚に出会えた。しかし、今は良い天然物の魚を金沢や大阪に取られ、地元では高く出しても入手しにくくなった、と嘆かれる。正月も休みにしてしまったのは、近年漁師が正月に海へ出なくなって、冷凍物になったからだ。「そんなものを大切なお客さんに出せるか」と言って、休んでいると仰る。店さえ開ければ、地元をはじめ東京・大阪・京都のいいお客さんを持っておられるので、おいで下さるのは分かっている。が、他の店が流行っているのを横目に見ながら、開けない。そんな「職人」でおられるのだ。
夫人もそんな御主人が好きらしく、お客様あってのお店と同調なさる。いい職人・いい妻ではないか。そんな方の料理を、しかも店を貸し切って、5人が名酒で雪の中、一年に一回の逢瀬を楽しむ。こんな贅沢があるものか。
さて、話を料理に戻そう。次に出てきたのは、馬肉のにぎり。続いて、ブリのカマの塩焼きにかぶりつく。そして、甘エビ。この食べ方が、また良い。甘エビのぶつぶつの子を集めて醤油とわさびで和えておき、甘エビに付けて食べる。甘さがさらに倍増した、絶品。
▲圧巻の銘酒揃い
ふと気が付くと、どの一升瓶も決まって五合は残っている。聞くと、Kさんの思いやりで、店の主にわざと残すらしい。主もそれが分かっていて、次に来るお客様に無料でそれらを振る舞いながら、神戸のKさんをだしにする。相当数のお客様が、「神戸のKさんはまだか…」と、楽しみに待っておられるそうだ。良いではないか。なんという粋な遊びだろう。Kさんは「日本酒が分かる人が増えること。それが、私の夢です」と仰る。こんな人は、もう出ない。口の贅沢、人の贅沢、心の贅沢、雪景色の贅沢……幸せだった。生きていて良かった。
来年は、酒の分かる岡野先生(御影)、立石忠雄氏(京都)、志水利達氏(岡本)らを絶対、連れて行くぞ!