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2022年 12月 20日 火曜日

彼が好きで別れがたく、お通夜と告別式と両方に参列したのは… 故 吉田茂さんのお別れで。告別式は12月17日土曜12時半から東灘区の圓光寺で執り行われ、どちらにもというのは私としては珍しいことだが、お別れの時を多く持ちたかったのだ。

『吉田茂』という名前は戦後の総理と同じで、私の年代には久しさを感じさせる。だけど私の好きな吉田茂さんは、日本銀行神戸支店に勤められていた方だ。

第二次世界大戦中の三宮で、米軍の爆撃でご尊父様を亡くされたために、茂さんは、なんと15才で家督を継がれた。その後、中学校を卒業してすぐ予科練(「海軍飛行予科練習生」の略。 旧日本海軍における航空兵養成制度の一つで、志願制)に入隊。特攻隊へ配属されるも出撃前に終戦を迎えられた。退役後は高等学校に入学して、御尊父様と同じ日本銀行に入行し、退職されるまで、何十年と立派に勤めあげられた。

しかし、その間彼は「戦争」を憎み続けていた。そして、彼独特の人生の価値観を持ち続けた。

私が市会議員になって二期目の頃、吉田家に呼ばれた。彼は、本山一帯に広大な土地を相続していて、総額としてはかなりの価値だった。「本山北町にある約400坪の土地を、売却したいので世話をしてほしい」との事だった。ところが彼は、他の古参議員も呼んで同じことを頼んでおり、私たち二人がどう動くのか競争させたのだ。

私は「神戸市にお願いし、公園にするべき」と主張して、市を呼んだ。もう一人の議員は、マンション業者を呼んだ。市が土地につけた価格は、マンション業者の半分程度にすぎなかったが、茂さんは「公園にしよう」と、市に売却してくださった。それが、本山北町公園である。おまけに、阪急の踏切にあまりに近かったので、入り口付近をセットバックするように値引いてくれた。

彼はいつも「土地は役立つように使うべき。お金もそうだ」と言って、多くの寄付をし続けていた。それもほとんどが匿名だった。

ともかくそんな具合で私を気に入って下さって、市とのトラブル等には随分と呼ばれたものだ。ある時、近隣にゴミステーションが無くて、道端に置かれたゴミが車にひかれて散乱し、カラスが集まる事態が起こった。すると、彼は自分の土地を提供して、ゴミステーションを作るようにしてくれた。だが、その提供した土地の隣家の主には不満があったようで、私に「あんたが世話したから」とクレームを言ってきた。私は相手をせず、受け流したが…。

また、ある時は彼の方から、「市道の側溝の造りが、歩行者にとって危ない」と文句を言い出し、自分の土地を提供して安全にしたりもした。そんな事がある度に、私は「彼のやり方が好きだ」とつくづく思った。

しかし、世間には彼に対する違った評価があった。彼は確かに、短気でズバズバとものを言う性格だったし、人付き合いもあまりしないタイプだったから、気難しく受け取られたのだろう。一度、怒り方が激しすぎて湯気が出てもおかしくないほどだった時は、奥様が茂さんの頭に氷をのっけて「あなた、そんなに怒りなさんな」と窘めておられた。実に明るく優しい、良い奥様だった。

そういった色々があって、茂さんは私も入っていた神戸甲南ライオンズを退会されることになったが、私との関係は長く続いた。ここしばらく電話もなかったので気にしていたのだが、医師の勧めで老人ホームに入居しておられたらしい。御母堂様が94才で他界されたので、自分はそれを越したいと望んでおられたが、見事に94才で、茂さんも他界された。

彼は戦争を憎むあまり、変わったところもあった。茂さんの事ではないが、彼と同じく戦争を憎み、死ぬまで軍歌を歌わなかった人や、式典中でも「君が代」を歌わず座ったままでいた人を知っている。私の京都の親戚にも、戦争で息子が戦死してしばらくの間、天皇陛下を「テンコウ、テンコウ」と呼んでいた人がいた。それでは世間を渡れないので、二年ほどで言わなくなったが。

そのような、己が信条を貫くタイプの方は、往々にして変人扱いされるのだが、何故か私はそういう方によく好かれる。私は他にも多くの大地主を知っているが、「土地の面積は血の一滴」と思っておられる方は多い。それはそれで、良い事だ。

世の中には様々な方がいて、様々な信条を持っておられるので、もっとお互いの多様性を認めあっていきたいと、私は思っている。だから、積極的に色んな方と仲良しになるようにしている。吉田茂さんは自分に厳しく、なにかと節約をしては浮いたお金を寄付していらした。ご家族はそれを知っていて、快くなのか仕方なくなのか、とにかく許しておられた。そうした関係は現代風で、とても素敵だと常々思っていた。そんなわけで、私が彼の歳になるのにはまだあと15年ほどかかるが、それまで待ってもらっておいて、またあの世で会えるといいなと、そう思うのだ。
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