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2018年 08月 08日 水曜日

わずか3分のスピーチが、20分のお坊さんの説教より心を打ったのは… 大阪市阿倍野区やすらぎ天空間で行われた、故廣岡 倭さんの「お別れ会」。

廣岡さんは7月1日に亡くなられ、三木のお寺で密葬された。私も知らなかったが、藤岡さんに、日曜日、8月5日の午後1時半からだと教えて頂き、必ず出席すると決めた。地域の文化とコミュニティに本当に貢献して頂いたし、私もお世話になった、良い方だったからだ。

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会場あたりの地理に不案内だったので、早すぎたら現地でコーヒーでもと思って御影を11時30分に出たら、12時15分に着いた。何と、まだ1時間30分もある。

すると、「安井先生!」と声が。何と、東光商会の志水利達さんが、運転手付きのレクサスから声を掛けて下さっていた。志水さんも、早く来られていて、二人で喫茶店に行くことになったが、なかなか見つからず、聞いて廻ってやっと着いたのが、モールの地下にあるセルフサービスの食堂。

その一角で、子供が走り廻る雑踏の中、合わせて150才を超える二人で、カップに入ったミルク金時を食べた。

彼は「えらい、活気がありますなぁ〜」と、余裕で楽しむ。僕は、彼のそんな所が好きだ。私は、志水さんの悪口を聞いたことがない。豪快に遊び、好きな事を言っても常に人々が集まり、彼に会いたくなる男らしい男で、学ぶ事が多いが、なかなかお目にかかれない。どんなに立派になられても、変わらず仲間を大切にしておられる。廣岡さんは幼稚園と小学校での一年下の同窓生で、二人で思い出話しを楽しんだ。

やがて、ちょうどいい時間になり、戻った会場には大勢の方々が来ておられた。飾ってあった写真の中に、オペラの好きな弘子夫人と何回か海外で楽しまれた時のものがあり、その時のタキシード姿の写真が、会場の正面に良い感じで使われていた。

和やかに、良い雰囲気で執り行われた式で、喪主の廣岡 功さんは「父は、人とのかかわりが好きで、その中で、地域のために色々なイベントをして来た」とスピーチ。わずか3分ほどだったが、彼のスピーチは、人柄を偲ばせ、20分のお坊さんの説教より心を打ったのだった。

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