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2018年 05月 11日 金曜日

留守番電話に、幾度かの録音が残っていた。再生すると、「先生と、お別れです。本当にありがとう」と… いう声。4月の末からずっと気にしていた、東灘区のあるホスピス病院に入院しておられるKさんからだ。

慌てて電話したら意外と元気で、拍子抜け。それでも気がかりだから、5月1日に病院を訪ねた。Kさんは喜んでくださり、いろいろ話し込みもした。知り合ってわずか6年ほどだが、なぜか気が合って何度も一緒に食事をしたし、事務所にも来て下さった。

初めて来られたそのきっかけは、渦が森会館耐震化建て替え工事と、それ以後の民間管理委託の問題だった。「管理をする業者について、地元の人々の一部に反対する勢力があって、困っている」というご相談だ。私は、御影公会堂では地元の御影自治会連絡協議会に管理運営を委託され、大成功しているので、ぜひ地元でやるべきだと思い、みなと総局に頼んでワークショップに勉強に行った。

私はただ聞かせて頂くだけだったが、いろいろあって、Kさんも大変な苦労をされたと分かった。Kさんと渦が森のある自治会長を訪ねると、反対勢力の主張そのもの。反対勢力の宣伝が、行き渡っていたのだ。だが、それでもKさんは、粘り強く仲間を増やして行った。そうして、最後には民間委託OKというところにまでこぎつけた。

私に「自分は、ある宗教の信奉者で、ガンに冒されていて、いつ死んでもおかしくない」と話してくれたのは、そんな活動のさなか、5年前の春だった。私は、その正直さが気に入った。

良く、お願い事を受けて頑張ったまでは良いが、仕事が終ってからその方について、「実は、ある宗教の信者で…」と他の人から聞かされ、また使われてしまったかと自笑することになる。だが、彼は正直に言ってくれた。その言葉通り入退院をくり返し、まるで不死鳥のごとく舞い戻っては、活動を続けられた。

私は、みなと総局に、「Kさんは、渦が森会館の落成に命を掛けている。仕事を急いであげて欲しい」と言った。見舞った時も、「完成まで頑張りたいけれど、命がもつかなぁ」と笑い、「私の願いは、渦が森の活性化です。死を控えて家を売り、渦が森には何もない私ですが、どうか、先生の手で活性化をさせて下さい」と訴えられた。そして、「渦が森の連合自治会にも、30代の良い人たちが入ってくるようになりました。その方たちと、もう一度仕事がしたい」と。「そぉしたら、私は蓮の葉に乗って、天国にいきます」と言いながら、美しい蓮の写真を私に見せて「私の写真は、この蓮の葉と一緒にするのです」。私が、「いかにもKさんらしくて、良いですね」と言うと、本当に嬉しそうだった。

Kさんは、ある宗教団体に入会して以来、56年もの間、その宗教を信じ続けた。「お陰様で、良い事がたくさんあって、お守りも預かりました」と、その御守りの中を見せながら、「これで、安心して天国に行けます」と言って、又笑った。私は、「良かったですね」と答えた。

毎日、信者の方がお世話に来て下さっていて、それにも感謝しておられる。「安井さんのこと、好きだったけど…ゴメンなさいね」との言葉に、私は「分かっているよ。共に働けたから … また、来るよ」と言って、病室を辞した。

その後は連休に入り、電話してもずっと通じなかった。気になっていたら、ようやく娘さんが電話に出られて、「安井さんの事、父からよく聞いています。父は今、電話に出られません」と仰る。同じ宗教の信者で、よくお世話下さっているSさんに電話してみると、「ずっと寝ているようで…」との事。「そうですか」という一言が、精一杯だった。

また不死鳥のごとく「安井さん、こんにちは」と、あの明るい声で電話が来ないかなぁと思う。だが、現実には、今、こうしている間にも、訃報が入るかも知れない。せめて、6月から始まる渦が森会館の起工式に出席させてあげたかったと思い、胸が痛む。彼の為にも、渦が森会館は完成させ、運営にも万全をつくして欲しい。私も、精一杯支援する気持ちでいる。

渦森会館パース