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2017年 04月 11日 火曜日

「この、御影の地域力の基礎は、だんじりであった」と結んだのは… 御影公会堂改修竣工記念式典の、祝宴での挨拶。

待ちに待ったこの日が、成功するよう仏壇の前で祈った、4月9日の朝。こんな、祈るような気持ちで朝を迎えたのは、議長選挙の当日の朝とこの日の朝だけだ。天気予報がばかりが気になって、アメリカによるシリア襲撃のニュースも上の空だったほど、ひたすら天気の心配をしていた。

生憎の曇りだが、幸にして雨には降られずに、午前11時、無事テープカットを迎えた。84年ぶりのテープカットに並んだのは、久元市長・池田議長・西議員・高嶋会長・鎌田会長・藤澤名誉会長・上田館長・棱野区長・上村講道館長、そして、私。多くの報道関係者も、お出で下さっていて、鋏を入れると同時に、風船が舞い上がった。
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久元市長は、御影公会堂の歴史をよく調べておいでで、84年の歴史を語られ、嘉納治五郎資料室を褒めて下さり、「公会堂が全国に知られるよう願っている」との激励をいただいた。
次いでスピーチにあがった高嶋会長は、「オリンピックの前年にメディアが嘉納治五郎先生の特集をする気配もあり、オリンピックの時は、世界じゅうからお出で下さるよう期待している」と語られた。
池田議長は、「16億円の予算について、東灘区の議員団の強い要望があった」と、仲間を称えて下さった。

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祝宴が上石屋のだんじり囃子と上石屋の子供達の鳴り物で盛り上がったところで、私の経過報告の番となった。私は
「2012年に市が御影自治会連合に管理委託をし、2015年に大改修が決定した。この時、御影はこの公会堂に大きな付加価値をつけたいと願い、学んだ。道谷姫路獨協大学副学長の講演で、「御影が生んだ、世界の嘉納治五郎先生を顕彰しないのはおかしい」とのご指摘を受け、区役所と相談し、区役所と御影が一体となって、行動を開始した。嘉納治五郎研究者の真田教授のもとや講道館に何回も足を運んで、資料のご提供やご指導を頂いた。区役所は、本当に良くやって下さった。
さらなる苦労は、嘉納治五郎の銅像だった。型枠が擦り切れている上に、版権の許可が必要だと分かったのが、11月。私は悩んだ。が、ふとしたきっかけで、北海道は旭川の、株式会社アルプロの古里社長と出会った。本当にご苦労下さって、柔道着姿の、世界でたった一つの嘉納治五郎像が出来上がった」

と、これまでの歩みをお話しして、
「問題は、ここから。今まで84年間ずっと市民と歩んだ御影公会堂が、これからも文化に役立つ会館として歩んで行けるように」

と、皆様に、ご協力をお願いし、だんじりによる地域団結の底力でしめくくった。

無事のこけら落としに肩の荷も降り、帰宅後には再び仏壇に蝋燭を灯し、線香をお供えした。「ありがとう」とお礼を申し上げて窓の外を見やると、すっかり晴れた良い天気になっていた。84年…震災も乗り越えた御影公会堂の、未来への幕が切って降ろされた一日だった。
集合写真