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2016年 03月 29日 火曜日

この人の身体には、戦災復興や震災復興、永年勤められた郵便局長に選挙管理委員長、さらに… 御影公会堂の事などが、一杯いっぱい詰め込まれている ─ 常々そう思って尊敬申し上げているのが、藤澤福男さんだ。

96才の誕生日というので、ごく親しい方々5人でお祝いの会を持ったのは、3月28日。足立ボランティアがやろうと言い出すと、すぐに話がまとまり、今回の運びとなった。御影連合自治会の上田会長に、まちづくり協議会の高嶋会長、東灘の谷口区長と、今回の言い出しっぺ、足立ボランティアに私の5人が、お馴染みの、私が西日本一美味しいと思っているお好み焼きの富士屋さんに集った。

藤澤さんは一世紀あまりを生きて来られたわけだが、まだ明晰でおられる。政治では平行感覚がしっかりしておられて、常に中道を歩いて来られた。知事や市長からの信頼も厚く、ずっと務められた日本赤十字の理事は今年やっと引退されたが、顧問で残って下さっている。他に、神戸市全体の連合自治会長も務められた。

藤澤さんを愛する役人も多く、自ずと情報が集まった。中には私に対する苦情も少なからずだったけれど、私の性格を熟知しておられ、時々私に直接ご注意下さる一方、政治姿勢については応援下さった。私は、彼の足元にも及ばない。そもそも、96才まで生きられるかどうかも怪しい。

当日のケーキを買うのに、店員さんから主役の年齢を聞かれた時には、「96才!!」と、誇りを持って大声で告げた。目や耳もまだまだ大丈夫で、ただ歩くのだけがおぼつかない藤澤さん。会の席で私に、「安井さん、この年になって分かるが、歩道の権利が侵され、自動車の為に歩道がズタズタに切られたり、斜めになっていて、いつ転倒するか分からない。もっと歩行者を守って下さい」と陳情された。

私も、なるほどと思った。歩道は、自転車も走る。自動車が使うガレージや店舗もあるから、歩道はズタズタに切られているのが現状。今の歩道はスロープになっているが、歩行者が歩くための平面の幅をとり、看板類も置かせない「あるくための安全地帯」を確保する必要は、確かにある。

皆は知らないようだが、実は、藤澤さんは反戦主義者である。戦中は陸軍主計官として活躍され、戦後はシベリアから帰国する抑留引揚者の兵庫県側の受け入れ職員として、舞鶴で多くのお世話をして下さった。私の憧れるその人生は、まさにドラマ。いぶし銀なのである。
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